rrrkfk1021の日記

これぐらいの絶望で、俺が止まると思うなよ

権威に対していかに抗うか

影響力の攻撃

 

世の中には,有無を言わさず,人々に言うことをきかせる力がある。心理学ではこの力,権力とも言い換えられるだろうが,これを「勢力(power)」とよんだりする。

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例えば,大学名や医師,政治家,といった,社会的な地位の高い人々が持つ権威であったり,真意はどうあれ,多数派が少数派に同調圧力をかけたり,日本では,年齢が上の者が下に,男性が女性に,頼みごとをするときなど,人が他者に,強制的に言うことをきかせる要素はたくさんある。

 

それに関連する話で,今日書きたいのは,他者への影響力についてである。

今回の書き出しは,影響力を持つ者が,知らず知らずのうちに他者を攻撃してしまうことについて,示唆するものだ。

以下では,具体的な事例を挙げて説明しよう。

私の体験

先日,飲み会があった。

そこにDQNがいたのだ…。以下,Aと呼ぶ。

おそらくその場にいるほとんどの人がAと初対面であったと思う。にも関わらず(だからこそ?),Aは輪の中心に入りたがった。誰と誰が話していても,その話に割り込み,自分の話に塗り替えた。

さて,こう書いてある時点で,私はAのことを心底好きに離れないと感じていることが伝わったと思う。

ごもっともだ。私はAが好きではない。

 

Aの話を一つ上げておこう。

大学の講義中,遅れていくと,前の方の席しか空いていない。だから仕方なく前の方に座り,教師の目の前でツムツムをしたら,それを指摘された。

A曰く,「フィーバー中に話しかけるな」。

その自慢げな様子といったらない。

まるで,不真面目であること,教師の前で不良のようにふるまうことが,みながみな面白がることであると思っているような口ぶりだった。

私はクソ真面目,兼,共感が得意なので,目の前で教員が話している目の前で,ツムツムをする,なんてことを,恥じることなく言い放つAの気もちがわからなかった。教員の身になってしまうのだ。

 

Aはところどころで,自分がみなよりも年上であることを強調した。浪人と留年で,現役であれば21歳である大学3年生だが,実年齢は25であるそうだ。

Aは,話題の中心が自分から外れることが,自分に注目が向かない状況に耐えられないようだった。なんとか,みなの輪に入ろうと努力してるのがうかがえた。

 

そこまでは,私もまだ耐えられた。

しかし,空気が一変した。

それは,Aと同じ学校の,Bが後から合流してからだった。確認しておくと,Bは22歳,4年生である。

 

その場には,サラダがきており,各々が自分の皿に盛っていたが,Aは盛る様子がなかった。

Bが来てから,Aはもっと砕けるようになり,だんだんと横柄になっていった。

AがBに対して,やっと飯が食える,と言いたげに,サラダを盛るように促したのだ。

Aは自分の皿に,異性であるBがご飯を持ってくれるまで,ご飯を食べていなかった。今どきの青年で,こんなに古い(古き良き,では決してない)考えを持った人がいるとは思わなかった。

Aはほかにも,空になった自分のお酒の缶を指さし,Bに,酒を持ってくるように促した。Bは,今回だけですよ,と,仕方なく持ってきていた。

 

あえてここまで性別を示さずに書いたが,皆様もうお気づきだろう。Aは男性で,Bは女性である。

Aは,女性蔑視の思想を全面的に持った人だった。

Aはみんなの前で,Bがべっぴんさんであるとか,彼氏ができたか,とか,大声できいていた。

 

Aの言動について。私の抗いについて。

今の世界では,この行動が完全にセクハラ,パワハラに当たることを知らなかったのだろうか。

なぜ,Bの恋愛対象が男性であると,「彼氏」であと,決めつけるのか。

Bが,Aの恋愛対象として見られていることに,不満を覚えないと思ったのだろうか。

女性がお酒を注ぐこと,ご飯を盛ることが,当たり前と思い込んでおり,自分からならまだしも,それをAから強いられないといけなかったのだろうか。

Aはこの言動を,これまで,だれにも指摘されることなく生きてきたのだろう。

 

これらの言動は,直接私に向けられたわけではなかったが,私は,あの場でどう行動すべきか,考えた。

考えた結果,刻一刻と女性性という縄に縛られ,知らず知らずの間に心身をすり減らし,傷ついていくBをケアするために,そしてなにより,その現場に居合わせた私自身の当為を果たすという大義のために,これらの行動を見過ごすわけにはいかなかった。

 

そして,指摘した。詳しくは書かないが,なかなか鋭く突いてしまったと思う。

Aは最初の方は,「なんやねん,だれ??」ととぼけていたが,そののち,黙って,しおらしくなってしまった。

マウンティングする人,権威や力を振りかざす人なぞ,こんなものなのだ。,ちょっと穴をついたら,尻すぼまってしまう。

結局のところ,そのようにしないと,自分自身に価値はないと,自分が一番よく知っているのだろう。

 

私はその様子をみて,自分が言いすぎてしまったかなと,少しだけ内省しながら,Aがこれまで誰にも指摘されずに,ああして生きてきたことを同情した。

ただ,ひとついえるのは,知らないことは罪で,業である。

彼の言動で,これまでどれだけの「被害者」がうまれたか,計り知れない。

 

まとめると,AはBに対して,社会的にまだまだ力を持つ,男性と女性という立場であること,社会的に,いうことをきかせることや,敬語を使わせるというところで力を示すことができる,年上と年下であったこと,という2点から,社会心理学でいう勢力,権力を持っていたといえる。

 

権威に対していかに抗うか

自分は他人より力を持っている,とか,影響力を与えられる存在である,と思ったときに,少なからず人は,「下位」にある人物に対して,横柄に,攻撃的になってしまう。典型的なのが,女性蔑視・軽視である。

そんなとき,そんな自分を自覚して,行動に配慮できるかどうか。

そのように権力をふるう人間に,「NO」といえるかどうか。

その場に立ち会ったときに,助け舟をだせるかどうか。

 

もっとも,これは会社や組織などで一番起こりやすいので,その空気を壊さずに,相手の身分を尊重して,ユーモアを交えて対応できれば,なおいい。

 

ただ,どう行動するにしても,自分がどのように思われたとしても,弱者の側に立つ,というのは,非常に勇気のいることであるのは確かだ。

 

こういう場面こそ,自分の真価が問われる。

 

20220407